テレビで見た「ケチ」のはなし
更新日:
あれはもう何年前の事だっただろうか、ボクはテレビである興味深い番組を見た。
その番組とは、世間からケチと呼ばれている人たちを取材し、そのケチぶりを紹介するというもので、ナビゲーターは確か逸見政孝さんだったから、もう十年以上も前の話になる。
ガラクタを山ほど拾ってきて、直して使っているオジサンとか、パンの耳で様々なオヤツをつくって、子供のオヤツ代を節約しているお母さんとか、そういった人たちをどんどん紹介していく番組だったと言えば、雰囲気はわかってもらえるかと思う。
さてその番組の最初に登場したのは、ケチと言えばまずこの人というある社長で、典型的なケチであった。
「ネクタイは傷まないようにいつも結び目を少しずつずらせて締める」、「靴下も傷まないように毎日違う部分をカカトにくるようにしてはく」、「料亭でも残った料理は他人の分も全て折りに入れて持って帰るし、何か土産を持って行かないと茶も出さない」。
そんな感じの俗に言う『シブチン』というやつであった。
モノを徹底的に始末し最後の最後まで使い切る。
相手が何か出すなら自分も何か返す。
相手が何も出さないのなら自分も何も出さない。
世の中はフィフティフィフティ、船場の商人の金儲けの秘訣は、倹約・始末・節約だっせーと言う感じのそんなケチであった。
「嫌やわー」テレビを一緒に見ていた彼女が突然そう言った。
「ケチって何か嫌なのよねー、ケチが一人いると場がシラけるし、それにケチってたいてい変人やん?」。
彼女はどうもケチが嫌いだったらしい。
ケチな友人でもいるのか、それともケチで嫌な思いでもして育ったのか、珍しく憤慨していた。
しかしボクには彼女の言っている意味が、よく分からなかった。
当時のボクはまだ節約や倹約をするのが、正しい人間のあり方だと信じ込んでいたし、貧乏人まるだしで、「楽しさよりまず食い物・遊びよりまずお金」
という状態だったからである。
だからボクは彼女に、「でも言ってることは正しくない?
モノを大事に使うというのは大事なことやと思うし」。
とそうきいたのだが彼女は振り向いて逆に
「正しくたって夢ないやん。
そんな事考えてたら堅苦しいしだいいち窮屈やん。
毎日そんなコトしてて幸せ?」とボクに尋ね返した。
幸せって訊かれたらもちろん幸せじゃない。
ケチケチ物を節約したり、お金をケチって食いたい物を食わず、買いたいモノを買えない生活というのは、本当に嫌なもんである。
そして他人にそれを強いられるというのは、もっともっと嫌である。
「幸せかって言うたら幸せやないなぁ」。
「でしょ?だいたいみんな楽しく暮らしたいし、楽してお金儲けしたいのよ。
毎日汗水流してもらったバイト料で、みみっちく食パンかじってるより、パチンコで勝って好きなモノ食べる方がうれしいでしょ?
ケチなんて全然楽しくないし全然価値ない」
彼女はそう断言しそしてさらに、「それにこういう人ってたいてい説教魔なのよね。
自分が好きでケチな生活してるくせに、他人が楽しそうにしてると腹が立つんだから。
それでお説教して他人が楽しくしてるのを邪魔して喜んでるのよ。
最低やと思わない?」と付け加えた。
「うーん…」ボクは考え込んでしまった。
彼女が具体的に誰のことを思い出して、そう言ってるのかはよく分からなかったが、しかし彼女の言い分には一理あるような気がした。
自分は貧乏人でお金がないから、いつもケチくさい窮屈な思いをして育ったが、お金があるのにそう言うことをするのも何かヘンだ。
ケチ社長の『お金を生み出す源泉は節約と倹約しかおません。
それ以外は単なるバクチの損得で儲けやおません。
それは本当の商売とは違います』
というような商人道や金銭哲学は、確かに妥当なものだろう。
商売も生活もプライマリーバランスが、常にプラスならお金は貯まって当然である。
だがそれは既にしっかりした家業や、ある程度の決まった収入がある場合にしか、意味がないのかも知れない。
貧乏人が下手にケチると、さらに貧しさが増すばかりかも知れない。
そしてまたケチは彼女の言うように夢もないし明るさもない。
宝くじが当たって大金持ちになれるかも、というようなドキドキがない。
人間誰しもそういう浮ついた欲望や楽しみがあるだろうに、そう言うことを抑えて金貯めろと言われても、金を貯めたあとに一体何をしろというのだろう?。
貧乏人が苦労して貯めた金など、怪しい投資や怪しい新興宗教にとられて、蕩尽してしまうのがオチである。
ウチの母親など食費をケチり、子供を大学にやる金も出さずに何百万もの金を貯めたけれど、そうして貯めた金は、原価二千円の大理石のツボ二個に化けただけである。
そんなバカな羽目に陥るくらいなら、家族と食事に出かけたりパチンコでもしていた方が、はるかにいい人生だという考えもあるはずである。
なのに他人の楽しみを否定して、自分の考えを正しいものとして他人に押しつける。
だからこの社長のようなケチは嫌われるのではないか。
ボクはそう思った。