高校時代に好きだった女のコのこと
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ボクが通っていたのは大阪にある、とある公立の進学校であった。
しかし進学校と言ってもそこは、毎年阪大に卒業生を十人前後、送り込む程度の狭い地区内でのみ有名な高校。
年に一人か二人京大の合格者を出せば、上出来といった呑気な進学校であった。
そんな進学校にもとびきりかわいい女のコというのはいるもので、ボクのクラスにも一人そういう女のコがいた。
「アズキちゃん」というニックネームは、おそらくは小さくてかわいい、といったくらいの意味だっただろう。
が彼女はそのアダ名の通り、小柄でとてもかわいい女のコであった。
笑顔も可愛く、また声もまさに鈴を転がしたようなような声であった。
歩く姿も楽しげで、何か尋ねると小首を傾げ「ん?」といった表情をするのも可愛く、一言で言うと可憐であった。
だから彼女が軽音楽部でギャザースカートをはいて、可憐にキーボードを弾くところを見かけたり、また夕暮れの駅でぼんやりと
電車を待つ彼女の姿に出くわしたりなどすると、ボクは「世の中にこんな可愛らしい女のコがいていいのか」とか、「まるで一枚の絵みたいだ」なんて思ったくらいであった。
しかしそんなかわいい女のコのことだから、元気な男どもが放っておくはずがない。
我こそはと思う連中が我先にと彼女に交際を申し込み、そして見事に玉砕した。
軽音楽部の彼女の先輩達や、同学年の他のクラスの数々の勇士達が、彼女に交際やデートを申し込み、そしてことごとく断わられた。
後にその理由を彼女に聞くと、「だってもう他に好きな男の子がいたから」ということであったが、しかしそれがわかっていても告白せずにはおれないのが、カワイイ女のコのカワイイ由縁であった。
しかし改めて考えてみると、「カワイイ」というのは不思議な感情である。
口に出して「かわいいっ!」と言ってしまえればいいのだが、それが言えないと何か自分が、悪い事や隠し事をしているような気分にさえなる。
かわいいモノには触れたくなるし、かわいい女のコには話しかけずにはいられない。
だから二年生の終わり頃、彼女が同じ学年のラグビー部のヤツと、付き合いだしたというウワサを聞いた頃からボクの心はうごめいた。
そして現実に彼女と彼氏が楽しそうに話しているのを、街で目撃してしまうともうボクは、彼女に「それ」をしたくてしたくてどうしようもなくなった。
背後には突如としてとんでもない超重力のブラックホールが出現し、まるで超重力の惑星に連れて行かれて、強制労働を課せられている罪人のような気分になった。
今までボクはそういう感覚を体験した事がなかったから、それがいわゆる失恋の症状なのだと気づくまでに何日もかかったが、そうした体験を経て初めてボクは、実は自分がそのコにいつも恋していたのだと言う事に、ようやく気がついた。
そしてそれをはっきり自覚せず、何も行動していなかったことが、まるで当選した宝クジを交換に行かずにフイにしてしまったような、何かものすごく大きな過ちを犯していたかのように思われた。
だから彼女はその当時、その彼氏と付き合い初めてまだ三か月もたっていなかったのだが、迷惑を承知でどうしても彼女に「好きだ」と言わずにはおれなくなった。
同じクラスで彼女と一年もの長い時間を伴に過ごしていながら、口下手なせいでまるで彼女と話していない自分に激しく後悔し、その何分の一でも取り返さねばどうにもこうにも我慢ができなくなった。
「ああこんな事なら、恥をかいてでもあの娘と少しでもしゃべっておけばよかった。
嫌われるのを恐れないで、電話の一本でもして誘っておけばよかった」と心底そう思った。
そうすれば彼女の恋人にはなれなくとも、せめて友達ぐらいにはなれたかも知れない。
恋愛に発展しなくても近くでずっと、彼女の事をながめていることぐらいはできたかもしれない。
だからボクは彼女にちゃんとした彼氏がいてもいいから、ただ無性に彼女と話してみたくなった。
彼女が実際にボクの思っていたような女のコであったのかどうか、そして彼女はボクのことを少しでも意識していたのかどうか、聞いてみたくなった。
ボクはそうしてどうしようもなくなり、彼女の家に電話したのだった。