同じモノのハズなのに…
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そうこうしているうちに時間がたち、ヤグチ君のお母さんに呼ばれて、階下に下りていく途中で、ボクは踊り場に見慣れた古い楽器が置いてあるのに気づいた。
それは「B5」という型の古いエレクトーンで、ウチがまだ普通の家庭であったころ、ヤグチ君の家と共同で先生を呼んで、子供たちに音楽を習わせた時に月賦で買った、一番初期のころのエレクトーンであった。
今のエレクトーンは当たり前のようにFM音源で、当たり前のようにリズムボックスが付き、そして当たり前のようにキータッチが素晴らしいが、B5はそういう機能が全くついていない真空管式の機種だった。
今の機種は音色のボタンが、数え切れないほどたくさん付いているが、それも上下あわせて二十コくらいしか付いていないような、そんなシロモノだった。
だからボクが高校時代に少ない小遣いで、再びエレクトーンを習い始めたとき、先生にいつも弾いている機種を尋ねられて「B5」と答えたら、全くどんな機種かわからなかったぐらいである。
ボクの家にももちろん同じ機種のエレクトーンがあったのだが、しかしその頃にはもうそれはペダルも壊れ鍵盤も接触が悪く、自分で何度も何度もフタを開けて修理したり、真空管を替えたりしなければ、マトモに弾けないような状態になっていた。
丁寧に踏まなければベースのAは出ないし、弾いていても突然突拍子もない音が出たりする。
それと同じ年齢の同じ機種の、古い古いエレクトーンがそこに静かに置かれていた。
だからボクはそれを見て思わず、「これってまだちゃんと弾けるのん?」とヤグチ君に尋ねたのだが、彼はそれに対して平然と「弾けるよ」と答えた。
「ウチのはもうボロボロやで。
ベースもAとかもう出ぇへん音もあるし」とさらに言うと、「ちゃんと鳴るよほら」と彼は電源を入れてくれた。
だからボクは立ったままで軽く、フライ・トゥ・ザ・ムーンを弾いてみた。
が確かにそれは本当のことであった。
粗大ゴミのようなウチのエレクトーンと同じ古いエレクトーンが、そこではまだちゃんと楽器として生きていたのだ。
「うーんヤグチん家は物持ちがいいなぁ」
などとありきたりの感想を言って、ボクはその場を離れたのだが、どうも何だか妙な気分であった。
「同じ時に同じ機種を買ったはずなんだがなあ」そんなことを考え、そして何だか妙な気分のままボクはヤグチ君の家を後にし、そして自分の狭っ苦しい家に帰った。