葬式帰りに五十万円のカメラを!
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アマノ君はカメラの趣味があった。
中古の一眼レフをいくつも持っていて、部屋の戸棚のガラス戸の中に大事そうに並べていた。
そしてどこかへ出かけ何かいい写真を撮ってくると、彼はすぐにそれを見せてくれ、その苦労や技術について話した。
当時はまだAF(オートフォーカス)なんていう、技術も出始めの頃だったから、気に入った写真を撮るには様々なテクニックと、数少ないシャッターチャンスを捉えるための、粘りと幸運が必要だったのだ。
そんな彼だったがある時、真新しいカメラをボクらに見せびらかしたことがあった。
それは彼が以前から欲しがっていた
オートフォーカス・カメラとレンズで最新式のモノだった。
「へえー凄いね新品やん」
「オートフォーカスだよオートフォーカス。
自動でレンズの焦点が合うんだ」。
そう言って彼はうれしそうにそのカメラのファインダーを覗いたり、ピントを合わせてシャッターを切ったりして見せた。
だが彼がどうやってそのカメラを手に入れたかを聞いたとき、ボクらは仰天した。
そしていつものように議論になった。
というのも彼は何とそれを彼の祖父の葬式の帰りに、亡くなったじいさんが遺してくれた、五十万円という大金をはたいて買ってきたからである。
彼がどこで何をしようと彼の勝手ではあるが、その彼の行動にボクらはあ然とした。
そしてまたなぜだか強い拒否反応を示し彼を非難した。
「えーっそんなことするかーフツー!葬式帰りやろがーっ!
身内が死んでみんな悲しんでる時に、一人好きなものを買って帰って喜んでるのかよオマエ!
そんなもん俺らに見せびらかすなよ!」。
そう言ってシンガイ君はひどく怒り、あきれた顔でボクに「どう思う?みちもと」と振った。
「うーん」ボクは二の句が継げなかった。
孫の小遣いにと死ぬ間際にも五十万円遺すじいさん。
その五十万を以前から欲しかったカメラとレンズにパーッと使えるアマノ君。
五十万円と言えば当時のボクの一年間弱の生活費だったから、『一体どういう金銭感覚なんだろう』とア然とした。
しかし当のアマノ君にしてみれば、別に悪いことをしたという意識はない。
大変なことをしでかしたという感覚もない。
だからそんなシンガイ君の非難に対して彼はすぐ、「そんなこと言ったってこれは、死ぬ前にうちの爺さんが、ボクのために残してくれたお金なんだよ?
だったらちゃんと使ってあげなきゃ爺さんに悪いじゃないか。
それにお金のあるときぐらい欲しいものを買っとかなきゃ!
お金のない時にはこんなモノ買えるはずないんだし」と、口をとがらせて反論した。
確かにそれは彼のおじいさんの、アマノ君への最後の小遣いだったから、それで彼が何か欲しいものを買うのは死者の意向に沿う。
そしてまた不意の収入を貯金して霧散させてしまうより、前から欲しかった形のあるモノを買うべきだと言う意見も、妥当なものだと思う。
しかしボクらにしてみれば、アマノ君の使った金額が多すぎた。
そして「そういう事は葬式の後にしてはいけないものだ」という
先入観がなぜだかあった。
だがボクがそれを言うと、アマノ君は真剣な目でボクの目を見つめ、そして「ダメだよ だってそれだったら、泥棒が盗んだお金をホトボリが醒めてから、使い出すようなものじゃないか。
これはちゃんとしたお金なんだから、ちゃんと使わなきゃ。
それにこのお金を貯金しておいたとしても、いつかは使うことになるんだから早い方がいいだろ?
だってそうすればこれは爺さんが、ボクのためにって買ってくれたものってことになるじゃない。
後で買ったら爺さんとも関係なくなっちゃうし、爺さんのこと思い出さなくなっちゃうじゃない。
死んだ爺さんは前からボクがカメラを欲しいってこと知ってたんだし、きっとボクがこうしてカメラを買ってニコニコしているところを、どこかで嬉しそうに見ているよ!」
と思いのたけをぶちまけるように言い反論した。
それは一見どうも彼が自分の欲望のためにこじつけた、屁理屈のように思えた。
がしかし言われてみればそうかもしれない。
葬式からしばらくたってから死者の残した財産を使うのは、泥棒が盗んだ金をほとぼりが醒めてから使い出すのと、そんなに変わらないのかも知れない。
そしてさらにボクが彼と同じ状況で五十万円をもらったとしたら、おじいさんのことを思い出すような使い方ができたかどうか。
ボクなら恐らく何かに蕩尽してしまい、後で「何に使ったっけ?」ということにきっとなっただろう。
「うーんそー言う考え方もあるかー、でもやっぱり五十万円は使い過ぎやで」
「じゃあ聞くけどボクの買ったカメラが五十万円じゃなくて、五万円だったら許す?二万円だったらどう?」
「そらあ金額の問題じゃなくって…」とは言っては見たモノの、どうもボクらの怒りの元は、その五十万円という金額の多さにあったらしい。
要するに貧乏人というか庶民の金持ちに対する嫉妬である。
だからその後もボクらは色々口に出して言ってみて、何とか彼を説得する有効な手立てを考えてみたが、結局「うーん」と言って考え込むしかなかった。
そして最後にアマノ君が「一応ボクだって、これ買う前にお母さんに相談してみたんだよ。
そしたらいいって言うから買ったんだ。
だからもういいじゃないか」と言って、この話は終わりになった。
庶民チームの完敗である。
「しかし金持ちっていうのは信じられん金の使い方をするなー」。
シンガイ君は残念そうにボクの方を見て、そうつぶやいたがボクも同感だった。
その後アマノ君は高価なステレオセットを買ったり、車を買ったり、高級自転車やきれいな小型二輪を買ったりしたが、もはやボクらには何も言う術を持たなかった。
どうやら世の中にはボクの知らない価値観や金銭感覚を持つ人間が、裕福な人間として存在しているらしかった。