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買い物の達人、登場

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世間でなぜケチが嫌われるのか、なぜ「ケチ!」が悪口になったり、罵りになったりするのか、この番組を見てボクはなんとなく分かったような気がした。

 

つまりケチというのは、何も生産しない行為なのである。

 

そしてケチは消費も減らすから、需要つまり他人の仕事も減らしてしまうのである。

 

そしてその上ケチは、あろうことか他人に自分の価値観を押しつけ、周囲の雰囲気までも暗くしてしまうのである。

 

豊かさや楽しさそして快適さを求めて、何千年にもわたって続けてきた人類の努力を小馬鹿にし、自分の欲望や価値観のために、他人に対して楽しさを買うことを戒めて我慢を強いたり、快適さを戒め不快を強いるわけだから、嫌われて当然なのである。

 

ケチでは世の中は良くならないし、ケチでは幸福になれない。

 

ケチという行為にはつまり、幸福を創造したり社会を明るくするという機能が、全くなかったのである。

 

「なるほどなあ…」ボクは妙な納得をした。

 

ところがその番組ではそんなボクの考えを、見透かしていたかのように、最後に一風変わったとっておきのケチを用意していた。

 

そのケチは何の我慢も節約もしていないがケチだという。

 

風呂の水もちゃんと換えるし、パンの耳で子供のおやつ代を節約してもいないが、ケチだという。

 

そうして紹介されたのは、タダの小柄な普通の主婦であった。

 

その番組ではその主婦のことを、「絶対にモノを高く買わないケチ」だと紹介した。

 

安いモノは確実に買いこんで、高いものは絶対に買わない。

 

そういうケチであった。

 

「ふーんそういうのもケチのウチに入るんやー」と
彼女も思わず顔を上げたが、とにかくその主婦の行動はひどく印象的だった。

 

というのもその主婦は、朝十時の開店直後にスーパーに飛び込むと、ものの十分もかからずにその朝の買物を全て済ませて帰るのだ。

 

それはもうスーパーに入る前に、すでに買うべきものが決まっていて、それ以外は何も買わなくても全く何の問題もないといった有り様。

 

そして「あれっもう買物は終わりなんですか?」という
取材クルーの質問にも、彼女は「うん終わり終わり!」と明るく答え、そして満足げに自宅へ帰ってしまうもんだから、ボクも取材スタッフも驚いた。

 

彼女は絶対にモノを高く買わないケチである。

 

言い換えれば「買物の達人」である。

 

だからそれをテレビで紹介しようというのだが、達人の技というのは素人にはよくわからない。

 

何が凄くて何が見事なのかは、教えてもらわなければわからない。

 

だからインタビュアーはすぐ彼女の後を追い、そして疑問に思ったことを率直に尋ねた。

 

「今日のチラシにサラダ油が載っていたでしょう、あれ買わなかったように見えましたけど、いいんですか?」テレビには、山積みにされた特売のサラダ油の前を、無視して素通りする彼女の様子が映し出され、そして続いてその日の広告らしきものが映された。

 

彼女はそれに一瞬目をやっただけで商品を手にする事もなく、その前を素通りしていた。

 

「アッ買い損ねてる」という感じである。

 

しかし彼女の答えは奮っていた。

 

「サラダ油?あああれね。
でもあれちっとも安くないんだもの。
それにあれはウチにも山ほどあるし」。

 

ちっとも安くないっていっても広告の品である。

 

だからスタッフも訝しがって、「でも結構安くなってるじゃないですか。

 

ほらチラシにも大きく出てますし」とさらに尋ねたのだが、彼女は平気であった。

 

そして「知らないの?」というような感じでいたずらっぽく笑い、少し間をおいてからこう言った。

 

「だーかーらー底値じゃないのっこの値段は!
多分もうすぐしたらきっともっと安く売ってくれるはずよ!
あの値段じゃなくってさ」

 

「はあ?」それは確かに事実であった。

 

テレビカメラは数日後さらに安い値段で売り出されているサラダ油を、嬉しそうに手にしているその小柄な主婦の笑顔を、ばっちり捉えていた。

 

「ねっねっホントだったでしょ、ホントだったでしょ?」彼女はそんなことを言い、そしてやっぱり子供っぽい顔で笑って見せた。

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