良家の娘は、良家の男と結ばれる
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それは梅雨の合間の、少しジメジメした日の事であったらしい。
大阪に住むアカイさんの『彼女』が、久し振りに彼に会いに部屋へやってきた。
アカイさんが呼んだのか、それとも『彼女』が自分から押し掛けてきたのかは知らない。
がそうして二人が仲睦まじく時間を過ごしていたそんな折りもおり、ディスコで知り合った彼女が突然やってきた。
それは虫の知らせか女のカンか、それとも単に二人とも休日をそれぞれの彼氏と、一緒に過ごそうと考えてやってきただけだったのか、とにかく彼女と『彼女』という二人の女性が、アカイさんの下宿のドア一枚を隔てて鉢合わせした。
世間にはそういう事態に陥っても、「まあまあまあ」などと平気な顔をしてその場をうまく取り繕い、そのまま複数の女性と付き合い続けようとする男もたくさんいる。
が彼は彼女らとそういう関係になってしまって以来、こういうふうな時もくるだろうと予想し、その時に自分がどうするか決めていた。
もしかするとディスコにでかけるずーっと以前から、彼は心の奥底ではすでに心は決めていたのかも知れなかったし、ディスコで彼女をナンパして付き合いだしたのも、もしかするとそれを確認するための、通過儀礼の一種だったのかも知れなかった。
彼にとってその『彼女』という女性がどういう存在だったのかは、彼がその娘の話を面白おかしくボクらに話さなかったことでもよくわかる。
本人は後でそのことを「ちっとも美人じゃない、子ダヌキみたいなヤツだったから」などと照れながら弁解していたが、きっと『彼女』のことは友人達や仲間達の、ウワサの対象にさえされたくなかったというのが、彼の本音だったのだろう。
だからこそボクらには『彼女』との関係どころか、その存在すらも話さなかったのに違いない。
アカイさんは部屋にいる『彼女』に向かって、「ちょっと外で話してくる」と一言告げると、彼女を少し離れた静かな場所に連れだしそして詫びた。
「スマン期待させて悪かった、でも俺はオマエとは結婚できない。
悪いけどあの娘の方が大事なんや、だからもう終わりにしよう、ごめん」とそう告げた。
彼はそうしてディスコで知り合った「美人の」彼女を振り、そして「ちっとも美人じゃない子ダヌキみたいな女の子」の方を選んだのであった。
「ダマしたのねっ彼女なんておらんて言うたやないの!」
「あたしかって男友達たくさんいるのよ、妊娠してたらタダじゃ済まさないからね!」
逆上した彼女は彼に思いつく全ての罵詈雑言を浴びせ、悪態をついたそうだが、アカイさんはそれに黙って耐えなんとか彼女との仲を終わらせた。
「あんな辛い目におうたんは、生まれて初めてやったで」。
彼は後にそんな事を言った。
そうしてこの半年以上に渡る「ディスコでナンパ事件」は、二人の大学生にそれぞれ大きな決断を強いた後、ようやく収束したのであった。
その後アカイさんは事件をきっかけに『彼女』との仲を深め、そして彼が大学院に進学する頃にはもう、めでたく結婚する運びとなった。
前述したユカリさんも大学卒業後しばらくして、高校時代から付き合っている彼氏と結婚した。
結婚どころか学業すらもあきらめなければならない、そんな状態に陥っていたボクの目には、まだ学生でありながらももう生涯の伴侶を見つけ、そして双方の親の了解を得た上で結婚して、平和に幸せな結婚生活を営んでいる彼らの姿は、とても不思議に見えた。
同じ年に生まれ同じ大学の同じクラブで、同じような学生生活を送っているものと、勝手に思い込んでいた彼我の間に、とんでもなく大きな差がある事を知り愕然とした。
「良家の娘は良家の男と結ばれる」。
その時のボクにはっきり認識できたのは、たったそれだけであった。
(第二章・おわり)