第1章、世の中には、いつも二通りの人間がいる記事一覧

春は明るい季節である。分厚いコートや上着を脱いで、街を歩けば心も軽い。経済的な理由などから一旦は大学を中退し、35を過ぎてから再受験してようやく大学に戻ったボクは、長年にわたる受験のストレスからも解放され、この春はずっとウキウキしていた。しかしついこの十年ほど前、大学に入ってやれ金がないやれ単位がとれない、八方塞がりだなどと散々苦しみのたうち回っていたような気がしていたのに、世間ではもう十六年とい...

ボクは以前工学部に通っていたから、周囲に女のコが少なかった。工学部では入試で物理が必修だから、女のコにはなかなか近寄り難い雰囲気があるらしい。拳法部の後輩で工学部のミズノ君に、そのことを尋ねても「女なんか全然おらん」と答えた。だから事情は昔と大して変わっていないらしい。もちろん理科系全体で女のコがいないという訳ではない。薬学部でも理学部でも農学部でも、女のコはそこそこいる。事実ボクが所属していた拳...

ボクは昔から、ちょっと変わった人間だったらしく、小学生の頃からすでに「変人」と呼ばれていた。給食では変な食べ方をするし、学級会でも変な事を言う。もちろん図工や作文なんかでも変な題材を選び、そして変な作品を作る。だからクラスの中のお調子者たちからは「センセイ」などと呼ばれ、そして多くの弟子たちと伴にくだらない事を言ったり、訳のわからない無意味な遊びを何だかんだとやっていた。だがやはり女のコたちにはま...

ボクが通っていたのは大阪にある、とある公立の進学校であった。しかし進学校と言ってもそこは、毎年阪大に卒業生を十人前後、送り込む程度の狭い地区内でのみ有名な高校。年に一人か二人京大の合格者を出せば、上出来といった呑気な進学校であった。そんな進学校にもとびきりかわいい女のコというのはいるもので、ボクのクラスにも一人そういう女のコがいた。「アズキちゃん」というニックネームは、おそらくは小さくてかわいい、...

夏前の少し遠慮がちな強い朝の陽が射す学校の、人影まばらな廊下でボクは彼女と逢った。授業の始まるまでの、数十分間という限られた時間であったが、彼女と二人きりで逢い、そしてボクは思い残すことのないように、彼女に自分の気持ちを全てぶちまけた。もちろんそれは彼女を彼氏から奪うためではなく、ただ彼女と話してみたかっただけであった。そうして小一時間ほど彼女と話をしている間にボクは、その娘が今付き合っている彼氏...

そういうわけで「カワイイ女のコ」というのは、男性に本能的な衝動を起こさせる、何かを持ちあわせていて、多くの男性から言い寄られ、そして手厚い庇護のもとに生きている。言ってみればそれはカワイイ妹のような存在であり、そして「ほおっておけないちょっとダメな娘」のような存在である。もちろんそういう可愛い女のコが実際、ダメな娘かと言えばそうではなく、結構物事を冷静に見、そしてはっきりとした意志を持っている。た...

ユカリさんはその小さな身体のどこに、そんな元気が詰まっているのだろうかというくらい、元気な人であった。麻雀の面子を集めるために、夜な夜な都大路を車で走り回り、そして面子を揃えると、夜明けまで元気に麻雀して遊ぶような、そんなタフな人だった。ボクはそれまで彼女のようなタイプの女のコというのを、間直で見たことがなかったので、彼女と会う度「世の中にこんな元気な女のコがいるのか!」とか、「世の中にこんなリラ...

だがしかしやはりそれは、とんでもない理由からであった。貧乏人にはとうてい思いつかないような、ゼイタクな理由からであった。その理由をボクが知ったのは、やはりユカリさんの家に行った時のことであった。いつものようにボクらが彼女の部屋で麻雀して遊んでいると、ベランダの方から「クゥーン…」という、動物の鳴き声が聞こえたのだ。彼女の部屋は二階だし、広いと言っても一LDKである。だから動物など外にいようはずもな...

ボクらが麻雀するのはたいてい夜だったから、リリィはいつもは静かに寝ていたらしい。だからボクは彼女が犬を飼っているということに、その時まで気づかなかったのだ。「すげーだろミチモト。ユカリさん犬飼うために車の免許とって、それでこんなとこに下宿してんだぜ!信じられないよなー」アマノ君がそう言った。「えっ?」ボクはさらにビックリしてユカリさんの顔を見た。それに答えるように彼女は「だって大学の近くって学生向...

ユカリさんの自らの実現したい生活を実現させてしまう、努力とパワーに驚いたりビックリしたりするボクだったが、ある日突然ユカリさんから電話がかかってきた。彼女からボクの所に直接電話がかかってくる事自体、えらく珍しいことだったから、ボクは一瞬「何事だ?」と少し身構えたのだが、しかしそれは何の事はないただの麻雀の誘いだった。「ねえミチモトさん今夜ちょっと空いてません?これからあたしん家で少し麻雀したいんだ...

『そうすると何か?全員がユカリさんとは知り合いなのだけど、みんな他の誰とも全く面識がないってことか?何でこのコそんなに顔が広いねん。それに何でこのコそんなヤツらを、平気で夜中に部屋に入れれるねん?』ボクは心の中でそう思った。ユカリさんには高校時代からの決まった彼氏がいて、そしてやはりその彼氏も同じ大学に通っていたのだが、その日はその彼も一度も顔を見せなかったし、電話さえかかってこなかった。だから正...

だがしかしそんなユカリさんと知り合って、鈍感なボクにもはっきりわかった事が一つだけある。それは以前にボクが何となく抱いていた、「育ちの良い」というイメージが、実は全く何の根拠もない、映画やTVドラマで見ただけの想像であったと言う事だ。当たり前のことであるが、裕福な家庭に育った子供というのは、子供の時からちゃんとしたモノを食ってるし、ちゃんとしたベッドや布団で眠っている。だから健康だし元気だし、よく...